栃木県宇都宮市と芳賀町間に2023年8月26日、次世代型路面電車LRT「宇都宮・芳賀ライトレール」が開業しました。営業距離は約14.6km、JR宇都宮駅から本田技研工業などの企業がひしめく芳賀・高根沢工業団地を結びます(芳賀・宇都宮LRT(ライトライン)開業までの経緯まとめ)。
実質20年間にわたる巨大プロジェクトの総工費は約684億円。事業は公設型上下分離方式というもので、宇都宮市・芳賀町のみならず栃木県や国、民間事業者との連携を駆使した事業モデルになっています。
巨大プロジェクトを実現可能にした官民・官官連携
どういうことかというと、営業主体(上)を民間企業の宇都宮ライトレールが、整備主体(下)、つまり敷設や橋などの建設、車両の購入を国と県・宇都宮市と芳賀町が受け持つ構造になっているのです。この画期的な構造について、 さとう栄一 現宇都宮市長はこのように話します。
「これまでは、このような新線の実現には、建設から運営まで一つの会社が全てを担う必要がありました。運賃収入や広告収入などを見越して、借り入れを行い返済していったのですが、それを一社で背負うのには無理がある。実際に、重い負担で地方の公共交通が衰退しているといった現状があります。
そんな中、2007年10月に「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」が施行され、運営会社は軌道と車両を借りて返済するだけ済むことになったのです。この法律がなければ、コストの低いLRT(編集部注:地下鉄の約10分の1)であっても、地方自治体で達成するのは難しかったでしょう」(宇都宮市 佐藤栄一市長)
至れり尽くせりの居抜き経営
LRTの事業費は総額684億円。国の補助として軌道側では約289億円の補助(社会資本整備総合交付金・都市構造再編集中支援事業費補助金)、車両関係では73億円の補助(二酸化炭素排出規制対策事業費等補助金)、6.5億円の交付金(社会資本整備総合交付金)を受け、残りの358億円を運行距離等応じて宇都宮市が313億円、芳賀町が45億円と分割して負担する。実際は交付税措置や栃木県からの補助があり、宇都宮市が約282億円、芳賀町が約41億円の負担となります。なお、栃木県は建設時に約20億円の補助を行っています。
「宇都宮市においては清原工業団地を造成して企業を誘致してきたわけですが、入居の際、土地の購入および造成以外で余った資金を基金として栃木県と宇都宮市で市街地開発組合を作って管理してきました。そこに蓄積されてきた105億円くらいの資金の半分を、宇都宮市が使えることになったのです。
結果的に宇都宮市の負担分は約282億円。国からの借り入れとして、20年間で20回分割払いをしていく形になりました。しかも運行は“居抜き”型で、経営は民間企業が担うのです」(宇都宮市 佐藤栄一市長)。
20年かけて20回分割払い、ピーク年は13億円
ライトレール事業費の返済額は、最初は利息だけが発生して2億円程度の支払いとなり、徐々に元金が入ってきて、ちょうど返済期間の中間地点となる10年目頃に一番大きな額となる約13億円程度となり、その後、また減っていくような形となっています。
「かつ、交付金・補助金がつくんです。全部ではありませんが、ここまでくると至れり尽くせりの事業。いかに国が、地方の公共交通を守り、発展させ、少子化の時代を乗り気ることに本気になっているわけです。こういった仕組みがあって初めて、私たちもLRTを実現することができたと言えます。
宇都宮市の年間予算というのはおよそ2200億円(令和五年度一般会計)なんです。LRTの分割返済額で最も多い年は約13億円ですから、単純にこの予算で割れば0.6パーセント。宇都宮市が行っている政策として高校三年生までの医療費を無償化する取り組みがありますが、それは年間22億円。そういう観点からすれば宇都宮市の身の丈で充分できる事業と言えます」(宇都宮市 佐藤栄一市長)。
時間をかけて健全な財政体制を構築
一方、宇都宮市の20年間はさまざまな災害や世界的パンデミックなどさまざまな事象に見舞われました。それらに対応できる財務体制がなければ対応できません。長らく宇都宮市の財政課で将来を見据えた体制構築に取り組んできた宇都宮市 財政課 課長 小林謙一 氏はこのように話します。
「宇都宮市が2006年(平成18年)末に上河内町・河内町と合併した際、宇都宮市の市債の残高が約1500億円でした。宇都宮 佐藤栄一市長も就任間もない頃だったのですが、その頃から「市債を減らして、体力をつけなさい」と発言されていました。いつどんな災害があるか分かりませんし、今回の様に投資しようと思った時にすぐ動けるように財政的な部分の健全性を確保するよう指示を受けており、その結果、平成30年(2018年)には市債は1000億円近くにまで減らすことができたのです」(宇都宮市 財政課 課長 小林謙一 氏)。
この結果、宇都宮市の財務的健全性は全国でも知られるようになる。東京経済新報社が発行した「都市データパック2023年版」によれば、全国792市および特別区20区の計812市区を対象とした時の財政健全度で第2位となっている。
市民のみなさんにサービスとして還元
「ただ、減っていく一方では良くなくて、我々も税金を集めて事業をやっている以上、市民の皆さんにサービスとして還元していかなくてはいけない。じゃあ、どのタイミングで起債して借り入れをしてサービスに還元していきましょうかというところは、中長期的な財政計画を作る中で考えています。LRTについてもいつ頃着工しそうか、というところを見通した上で、将来どれくらいのお金を借り入れるかを確認しつつ予算化をしています。もちろん時期がずれることも考えられますし、他の大きな予算が発生することもありますので、そういったことを踏まえて、どのタイミングで、市債が増えてもどれくらいのラインなら耐えられるのか精緻に見込んでやってきました。
LRTが開業した今、宇都宮市の市債残高は1500億円程度になっています。市債が最も多かった2006年と同規模ではありいますが、当時の宇都宮市の財政規模は1800億円弱くらいしかなく、現在は2200億円とその負担は少ない状況になっています。また、これをLRT事業費の返済に使える直近の一般財源1200億円と照らし合わせても財務的には問題ないと言って良いと思っています」(宇都宮市 財政課 課長 小林謙一 氏)。
なお、路線を運営する宇都宮ライトレール株式会社の2023年度決算報告書によると、開業初年度の鉄道事業営業収益は7億3916万5000円、その他事業営業収益は5,534万3000円となっています。 当期純利益は5,697万1000円を計上しており、開業初年度から黒字経営を達成しています。
これに加え、沿線企業による投資増加や経済効果、ゴミ処理施設「グリーンパーク茂原」のバイオマス(ゴミ焼却熱)発電による運行、公共交通ネットワークの充実化までを考えると単なる次世代型路面電車の運行の範囲に留まらないインパクトがありそうです(文責・編集部)。